なんでもかんでも「不適切」「不謹慎」・・「不謹慎」に張り付く浅ましい人々 [雑想]
最近、というか以前からTwitterやFacebookに変な行為を投稿して騒ぎになるケースがあるんだけれど・・。
こんな事件があったようで。
・・・・・
研修医がFBに不適切投稿…ICUで酸素マスク姿、意識失ったふり
・・・・・
えーっと。
研修医が集中治療室での研修で撮った写真が「不謹慎」とやらだそうだが。
これって、そんなにヘンですか?
研修中の自分の写真を撮ってもらった。マスクつけてる写真で目を見開いてもなあ・・目を閉じるか。ああ、いい写真が撮れた。いつものように身の回りのことを投稿するか。今日は研修風景だ。さらっと記事を書いて、自分の写真も掲載した。
・・すると写真が意識消失した患者を思わせ不謹慎?病院に無断で掲載したから「問題」?これが?
患者の情報を書いているわけでもないし、仕事・・というか研修中に撮った写真だろうけれど、このくらいのことは許容範囲ではと思うのだが。そもそも仕事中に、職場で個人のFacebook用の写真を撮ったことが「問題」になっているんじゃなくて、その写真の内容がってことなんだし。
(仕事場である病院に)「無断」で掲載した、というのもどうだろう。Facebookへの投稿が、いちいち仕事場に「承認」を得なければならないことだろうか。なんとめんどくさい病院だろう。
いや、当該Facebookはもう閉鎖されているらしいし、妙な文章でもくっついていて、それとの相乗効果で「不謹慎」なのかも知れないけど、記事からはそうは読めないよなあ、と思う。
で、この記事にくっついている関西大学の評者が言う「医者など高いモラルが求められる職業の中にも責任に無自覚な人がいるということをあらためて示した事案」と言われたって、そもそもこの事案について「責任に無自覚」な行為であることを絶対的な前提にしているから、全然説得力がない。
この准教授とやらがまずやるべきは、仕事中の写真とはいえ、投稿者個人が撮影した、自分の写真を、自分のFacebookに掲載するのがなぜ「責任に無自覚」なのかを説明することではないのかなあと思う。
そしてそれは議論を呼ぶ内容になるのではないかとも考える。
記事にリンクしているTweetも、この手の事件には珍しく「何でこの程度が?」というのがちらほらある。
他人を叩いて脆弱な自我を保とうとする人々
なんだかこう、2011年の大震災以降、やたら「不謹慎」とかいう言質が流行ってきた。TwitterやFacebookなどの「問題投稿」とやらをいちいち探して、2ちゃんねるやらに投稿するのが趣味の奇特な人もいるらしい。
そこには、大衆が迎合しやすい話題にすり寄り、他者の同意を得ることによって自らの存在意義を確認するような、浅ましい自我の確認が見て取れる。
読売のサイトには「発言小町」というのがある。そこには質問者への非難合戦を繰り広げる、高度成長期の価値観そのままの、「倫理的」な人がたくさん存在する(注)。
その浅ましさと同様のものを、おバカなTwitter投稿に「不謹慎」とかみつく人たちに感じるのだ。
(注)ただ「発言小町」って、質問内容が本当かどうかわからないものが多いんだなあ。私の友人は「壮大な釣り堀」なんて言っている。しかしその質問に反応する人々は、まあ現実に存在する人なんだろう。
で、くだんの記事、内容から見てどうやら産経がFacebookを巡回して発見したように見える。医者とか大学とかの、ネタになりそうなFacebookを巡回して、これは問題にできそうだ、と。そして大学病院に連絡して「問題」を指摘。病院側が研修医に指摘してサイトを閉鎖させた、それを産経がそこまで確認して記事にした。
こういうのを「マッチポンプ」と言う。
そもそもこの程度の内容を「記事」と称して掲載する、この新聞社の「不適切」さをこそ、「問題」にしなければならないだろう、と思う。この新聞社に潜む「浅ましさ」をこそも、「問題」にしなければならないだろう。
こんな事件があったようで。
・・・・・
研修医がFBに不適切投稿…ICUで酸素マスク姿、意識失ったふり
京都府立医大付属病院の研修医が、集中治療室(ICU)で酸素マスクを装着し意識を失っているようなしぐさをした自分の写真を、インターネットの交流サイト、フェイスブックに無断で掲載していたことが4日、病院関係者への取材でわかった。
同病院は「不適切な行為だった」としており、医師はサイトを閉鎖。写真を見た同病院の患者は「そんな写真を公開する医師が患者を診て、この病院は大丈夫なのかと不安な気持ちになった」と話す。
同病院によると、写真を掲載したのは20代の男性研修医。6月下旬、ICUで、酸素マスクを装着するなどして使い方を学ぶ研修を受けた後、酸素マスクを付け、目を閉じ意識を失っているようなしぐさをして別の医師に撮影してもらった。マスクは医薬品メーカーから無料で提供された試供品で、患者に使用する予定はなかったという。
医師はその後、自分で開設したフェイスブックのトップページに写真を掲載。写真は誰でも閲覧できる状態になっており、産経新聞の指摘を受けた同病院は「こうした写真を自身のサイトに無断で掲載したのは不謹慎」として医師に注意。医師も「軽率な行為だった」と認め、その日のうちにサイトを閉鎖した。
同病院は「撮影のためにマスクをつけたわけではないが、誤解を招く写真だった」としており、今後こうしたことがないよう、病院関係者に徹底するとしている。
■規律教育徹底を
ソーシャルメディアに詳しい関西大学社会学部の小笠原盛浩准教授(インターネットコミュニケーション論)の話「医者など高いモラルが求められる職業の中にも責任に無自覚な人がいるということをあらためて示した事案だ。ソーシャルメディアへの問題投稿に社会が敏感になるなか、職場などでの規律教育をさらに徹底させる必要があるだろう。問題行為をする人はどこにでもいる。企業などにとっては不適切な行為が行われた場合、従業員同士などで互いに注意しあえる環境づくりを進めることが重要だ」(引用終わり)
・・・・・
えーっと。
研修医が集中治療室での研修で撮った写真が「不謹慎」とやらだそうだが。
これって、そんなにヘンですか?
研修中の自分の写真を撮ってもらった。マスクつけてる写真で目を見開いてもなあ・・目を閉じるか。ああ、いい写真が撮れた。いつものように身の回りのことを投稿するか。今日は研修風景だ。さらっと記事を書いて、自分の写真も掲載した。
・・すると写真が意識消失した患者を思わせ不謹慎?病院に無断で掲載したから「問題」?これが?
患者の情報を書いているわけでもないし、仕事・・というか研修中に撮った写真だろうけれど、このくらいのことは許容範囲ではと思うのだが。そもそも仕事中に、職場で個人のFacebook用の写真を撮ったことが「問題」になっているんじゃなくて、その写真の内容がってことなんだし。
(仕事場である病院に)「無断」で掲載した、というのもどうだろう。Facebookへの投稿が、いちいち仕事場に「承認」を得なければならないことだろうか。なんとめんどくさい病院だろう。
いや、当該Facebookはもう閉鎖されているらしいし、妙な文章でもくっついていて、それとの相乗効果で「不謹慎」なのかも知れないけど、記事からはそうは読めないよなあ、と思う。
で、この記事にくっついている関西大学の評者が言う「医者など高いモラルが求められる職業の中にも責任に無自覚な人がいるということをあらためて示した事案」と言われたって、そもそもこの事案について「責任に無自覚」な行為であることを絶対的な前提にしているから、全然説得力がない。
この准教授とやらがまずやるべきは、仕事中の写真とはいえ、投稿者個人が撮影した、自分の写真を、自分のFacebookに掲載するのがなぜ「責任に無自覚」なのかを説明することではないのかなあと思う。
そしてそれは議論を呼ぶ内容になるのではないかとも考える。
記事にリンクしているTweetも、この手の事件には珍しく「何でこの程度が?」というのがちらほらある。
他人を叩いて脆弱な自我を保とうとする人々
なんだかこう、2011年の大震災以降、やたら「不謹慎」とかいう言質が流行ってきた。TwitterやFacebookなどの「問題投稿」とやらをいちいち探して、2ちゃんねるやらに投稿するのが趣味の奇特な人もいるらしい。
そこには、大衆が迎合しやすい話題にすり寄り、他者の同意を得ることによって自らの存在意義を確認するような、浅ましい自我の確認が見て取れる。
読売のサイトには「発言小町」というのがある。そこには質問者への非難合戦を繰り広げる、高度成長期の価値観そのままの、「倫理的」な人がたくさん存在する(注)。
その浅ましさと同様のものを、おバカなTwitter投稿に「不謹慎」とかみつく人たちに感じるのだ。
(注)ただ「発言小町」って、質問内容が本当かどうかわからないものが多いんだなあ。私の友人は「壮大な釣り堀」なんて言っている。しかしその質問に反応する人々は、まあ現実に存在する人なんだろう。
で、くだんの記事、内容から見てどうやら産経がFacebookを巡回して発見したように見える。医者とか大学とかの、ネタになりそうなFacebookを巡回して、これは問題にできそうだ、と。そして大学病院に連絡して「問題」を指摘。病院側が研修医に指摘してサイトを閉鎖させた、それを産経がそこまで確認して記事にした。
こういうのを「マッチポンプ」と言う。
そもそもこの程度の内容を「記事」と称して掲載する、この新聞社の「不適切」さをこそ、「問題」にしなければならないだろう、と思う。この新聞社に潜む「浅ましさ」をこそも、「問題」にしなければならないだろう。
TVにしろ新聞にしろ、そんな事よりもっと知らせなくてはならないニュースがあるだろう! といつも思っています。
へ~ぇ 「マッチポンプ」って言うんですか。
でも、最近自分の行動が非常識極まりないと言うことに気が付かない輩が多くありません?
by ponnta1351 (2013-10-07 16:42)
本当にそう。
公人ならともかく、たかだか一人の研修医のサイトを徘徊して「悪意ある報道」をするマスゴミには呆れ他を通り越して怒りを感じる。
もう誰がどんな揚げ足取られるかわからなくて恐ろしいので、ただの大学生ですが、facebookのアカウントは消しました。
by haniwa (2013-10-07 22:07)
記者として恥ずかしくないんですかねぇ~。取材しろよ。。。(^_0)ノ
by cheese999 (2013-10-08 00:36)
ponntaさん、コメントありがとうございます。
このエントリは、仕事のことを個人のサイトにどう記載するかという問題点から記載したものでした。つまりこれは前降りとも言える内容です。
内容が「不適切」とも言いがたい、また産経新聞が発掘した内容ともあって、扱いやすさからも、こうして書いてみました。
マッチポンプ・・自分で「問題」投稿を探しあて、その後の経過を記事にしたという展開は、まさに産経のマッチポンプ、でしょうね。10年ばかり前に連中が騒ぎ立てた、「自作自演」という言葉に良く似ています。
私ね、このケース、良く言われる「バカッター」事件とちょっと違うと思うんですよ。この件は他者の権利を侵害しているでもない、所属組織を毀損しているでもないケースです。2005年レベルのもっとも厳しい情報保護を学んでいた私でさえも、これを非難するのはちょっとなあ、と思うレベルです。
「常識」というレベルで、昨今気になっているのは、あまりにも世の中の基準が変遷するなかで、それについていけない中高年層の存在です。現役で病院で働いている私は、現場窓口での対応もよくありますが、若年層よりも中高年層の「非常識」ぶりに辟易することが多々あります。
一方ここで考えたいのは、「常識」とやらの非常識ぶりをどこまで認識できるかです。常識とは正義に似て、自己を絶対化するという点での共通があります。「正義」をかさにきた人間の扱いにくさといったらないですよ。
ご存じと思いますが、分かりやすい「常識」ってほら、エスカレータは右側を空けるってあるでしょ?これ、関西では左なんですよね。しかもオフィシャルには「エスカレータでは歩かない」なんですよ。どっちも開けずに歩くなと。これが一番効率のいい利用法だそうで、私も確かにそう思います。けれど、世の「常識」ではそうなっていない。
自転車走行にも同じような問題があるんですよね。
若い世代への注文が多いのは、メソポタミアの時代から共通していると聞きます。私たち以降の年代は、常に自戒しつつ考えたいことです。
by Mosel (2013-10-08 06:47)
haniwaさん、はじめまして。
まったくこれがマスコミか、と私も思います。「医者」だからネタになるとでも思ったのでしょう。
もっとも私、以前国立市に住んでいたので、産経がどれほどでたらめな「報道」をするかはよく知っています。2000年にそんな事件がありました。
Facebookアカウントの件ですが、いろんなサイトでのアカウントを総合して、個人を特定する動きがあるようですね。Twitterで店員の土下座画像を投稿したクレーマーがいましたが、ネットであっさりと個人が特定されていました。気持ちはわからないでもないですが、特定した人物たちも、このクレーマーと五十歩百歩と思います。
ちょっと気持ち悪いです。
by Mosel (2013-10-08 06:55)
ジョージさん。取材と言えるレベルではないですね。産経も、J-CASTみたいなネットニュースもそうですが、昨今の右翼メディアの水準ってこんなところなのでしょうね。
しかも「戦果」自慢。こんなことやって謝罪させたぜ、という。北海道のクレーマー事件と大差ないです。
by Mosel (2013-10-08 07:05)
外部素人の一人から見ると
したことはまずいと思います。
でもでも・・
君が代強要の時でもせいぜい校長室に呼んでお説教ぐらいでいいのにと思いました。
ネット云々抜きだと
まあ先輩からおしかりと理事長室でお説教
で済む話のような・・。
そうやっかいなのがネット云々
載せる側は軽い気持ちでも情報は独り歩きします。宣伝カーみたいなうわさ好きの人どころじゃないです。
メディアもそうですが
ネット情報問題は大きいと思えます。
by ayu15 (2013-10-08 21:12)
追伸
取材で答えなかったら「隠ぺいした」と言い出しかねない??
答えちゃったら多分病院関係者は質問攻め。一部患者さんにも。
医療事故で真相究明求めると医療崩壊させてると批判
でもこういう取材で医療行為さまたげるのはOK
小泉改革で医療崩壊という関係者の声は隠ぺい。
報道の自由の矛先間違えないでほしいです。
by ayu15 (2013-10-08 21:20)
ayuさん。こんにちは。
私は今回のケースは、全く問題ないものと思いますよ。「酸素マスクを装着し意識を失っているようなしぐさ」というのは、あくまでもこの記事を書いた「記者」の主観でしかないですしね。鼻マスクつけて写真をとれば、「意識を失っている」ように見えなくはない。けれどそれが誰かの気分を害するか、と言えば、それは過剰反応というべきでしょう。
病院側の対応については、私も理解はできます。ここで産経を突っぱねてしまえば、ヘンにもめるかも知れない。当事者は研修医だし、絵日記程度のことしか書いていないのなら、面倒になる前にアカウント閉鎖してしまえと命じておく。
私が上司だったら、とりあえずそうするでしょう。
報道の自由の矛先間違えないで、というのは全くその通りだと思います。ましてや今回のケースは産経が勝手に騒いでいるだけですし。
こうして拡散の手伝いをしている私のBlogも、今考えるとどうかなと思いますが(苦笑)。
by Mosel (2013-10-09 07:08)
「集中治療室(ICU)で酸素マスクを装着し自分の写真を、インターネットの交流サイト、フェイスブックに載せた」
ここの受け取り方だけ人により違うようですね。
「問題ない」という感覚
や
うちのように「まずい」という感覚
どちらもありと思います。
ただ「まずい」といっても騒ぐような問題でなくお説教で済む話です。
載せてなければ問題はないでしょうし。
by ayu15 (2013-10-09 09:05)
ayuさん、再度のコメントありがとうございます。考えさせられます。
そういえば、ICUで写真を撮ったということで、衛生面や他の医療機器に与える影響を指摘している人がいました。
結論から言うと全く問題はないんです。
マスクをつけていたのが患者だと患者の肖像権やプライバシー、医師側の守秘義務に関わる問題が発生します。また自分の写真に他者、特に患者が写り込んでいたりすると、道義的な問題が発生します。後者の場合他者に「肖像権」などの権利は発生しないので、あくまで道義的な問題にとどまります。守秘義務の点については微妙なところです。
私の結論はこのような考えに基づいています。
ただ、こうした考えというのは、結構第一印象が大事だなって思うところもあります。
裁判などで争って「正しい」とか「正しくない」とか言うにはロジカルな思考が大事と思うのですが、実際にはそう簡単ではないというのが、これまでの実感です。
個人的には、堂々と患者や利用者の写真を自分のサイトに載せている、医療機関や介護事業所が結構あるんですが、これって大丈夫なのかな、写真に写っている人の了解は得ているのかなって思うことが結構あります。
あえて一つ引っかかる点があるとすれば、仕事中に、ICUのような一般的には緊張感のある場所で、自分の写真を撮ってもらっている、と言うところかなあ。でもこの記事ではそこは問題になっていないんですよねえ。
by Mosel (2013-10-10 07:29)
再々コメントすみません。
そこなんですよ!よくぞ書いてくれました。
外部素人には立ち入ることのできない「聖域」なんです。入る時は生死をさまよう時なんです。
でも勤務されてる方には日常の職場です。
このギャップなんですよ。言いたかったのは。
行為そのものは問題ないですが、載せたことが問題(ただしお説教で済む程度)だと。
神父さんが十字架のよこでピースサインした写真載せたら気分良くないですよね。
(え?例えがよくないです?)
by ayu15 (2013-10-20 11:38)
ayuさん。やはり私も引っかかるとすれば、そこかなと思いました。
ただ、おふざけで撮っている写真でもなさそうだし、産経が指摘する問題って言うのは、そこではないような気もするんですね。
ご指摘のとおり、神父さんが十字架の横で「ピースサイン」としていたら、あまり褒められたものではないでしょう。
十字架の横で、いつもの礼拝風景を撮ったものだとしたら、日常風景の描写になりますので、別に問題にならないというか、記事内容によっては適切な写真になりますね。
私は今回の件は後者と同じに見えました。だから研修医がふざけた様子で写真を撮っていたら、それはまずいだろうと思うけれど、そのようなものを感じられなかったんですね。この記事からは。浅ましい「正義感」しか感じられなかった。
そこが私の産経記事に抱いた「違和感」です。
by Mosel (2013-10-20 11:56)