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消えた高齢者に思う [社会情勢]

 95年、だから今から15年前。高知県の土佐中村から列車に乗って高知市に向かった。途中の駅で乗り込んできた年の頃70とおぼしき男性が、世間話をしてきた。
 何となく海外旅行の話になって、「外国に行かれたことはありますか」と聞かれる。「ええ、ミクロネシアやマレーシアなどに」と答えると、その老人は「私は上海ですなあ」と言う。
 「上海!いいですね。今すごい発展してますね」などと適当なことを答えていると、「すごいところでした。夜なんか怖くて、銃がなくてはとても歩けんかった」・・

??銃??

 最近の話ではなかった。彼が20歳になったばかりくらいの頃、戦前の話をしている。どう考えても戦争が激しくなった時期ではない。いろいろな国の人がいたとも言っていた。上海租界最盛期、1920年代か?何歳だこの人。
 「私何才くらいに見えますか」。「70歳くらいですか」と答えると、「当年とって93歳になります」と言う。戦争が激しくなった頃はすでに退役して、高知にいたのだそうだ。「戦争はひどいです。戦争はしてはいけません」と言っていた。
 その人は窪川あたりで下車した。足取りはしっかりしていてとても90代には見えない。今生きていたら108歳。あの元気さならもしかしたらまだ生きているかもしれない。


 年寄りが、消えている。


 5年ばかり前、長寿番付に載った超高齢者が、実はすでに死んでいて、遺族が不正に年金を受給していたとして逮捕された。そのときはあまり話題にもならなかったが。

 行方不明超高齢者の発生要因にはいくつかの要因が考えられる。

1.貧困によるもの
 日本の年金水準は大変低い。とはいえ、そんな低い年金でも、追加収入として考えると結構バカにならない額にはなる。少なくとも生活保護基準かそれ以下で暮らしている貧困層には、大変ありがたいものとなる。
 家族が自身の給与や年金だけでは暮らせない場合、同居高齢者の年金が生活を支える重要な要素となる。
 寝たきり等が続き、滅多に外に出られない老人が、ひっそりと家の中で亡くなっても、少なくとも数年間は誰からも気がつかないだろう。収入が減って困窮するか、それともそのまま放っておくか。厳しい選択を強いられる。「とりあえず黙っていよう」と当初は手続き放棄していたのが、何年も積み重なって日常化してしまった、そんな状況が想像できる。

2.介護しきれない
 今100~110歳の老人が、20~30年前に失踪していたとする。すると失踪時の年齢は、70~90歳くらい。認知症が始まったりひどくなったりという年齢ではないか。認知症による徘徊でそのまま行方不明になった場合、疲れ切った家族がそのまま放置してしまう可能性が考えられないだろうか。
 徘徊老人への対応は、体力もいるし、精神的なストレスも多い。人によっては昼夜逆転していることもあるから、ひどい場合は24時間対応が求められる。今から20~30年前、少なくとも今よりは介護が社会化されていなかった時代。家族が介護を抱え込まなければならなかった時代に思いをはせたい。

3.DVや虐待のツケ
 年寄りとて、若い頃は元気であり、猟奇犯罪や凶悪犯罪が今とは比較にならないほど多かった時代、家庭内暴力や虐待行為が家の中に隠れて見えなかった時代、そんな時代に苦労した家族は、弱った家長の世話をするものなのだろうか。
 家族を顧みず、ふらりと放浪する人もいる。生計を支える人が突如失踪するのは、残された家族にとっては虐待に等しい。そんな人が高齢になり、ふらりといなくなったとしても、残された家族は積極的に探すだろうか。

さて、そんなことを考えたのには・・。

 老人ばかりの病院で働いていると、いろいろな事例を耳にする。私は主義として、このBlogには職場のこと(システム系・マネジメント系を除く)、特に患者や利用者のことは決して書かないようにしてきた。患者は私の小さなBlogのネタではない。だから非常に曖昧に書くが・・。

・患者の生活保護費を詐取する家族
・患者の年金で生活する家族
・説得されて埋葬手続きだけした家族
・入院してから一度も誰も面会にこない患者
・介護放棄されて緊急保護された患者
・患者が亡くなってから、満面の笑みをたたえてお礼にきた家族

 等々の事例に接することがあった。

 もちろんこれらはごくごく少数、年に数度しかない事例ではある。ある意味家族の絆が壊れた、異常な家族といえるのかもしれない。石原チンタローのごとく、そうした家族を軽佻浮薄に糾弾するのはたやすい。

 しかし家族も様々な事情を抱えている。高齢でフルタイムの仕事がない女性が家計の管理者だった、幼少年期に患者たる親から虐待を受けていた、患者がかつて何らかの理由で傍若無人に振る舞っていた・・等々。
*そうじゃない人もいますが・・。

 上記の家族の対応はひどいかもしれないが、その対応に同情の余地が全くないとは言い切れない場合もある。それを単純に家族に責任を押しつけるのでは何の解決にもならない。
 生活保護の「補足率」が、先進国中圧倒的に最低な状況や、老人や障碍者介護を今に至るまで基本的には家族に依存している状況、などから見える、この国の各種政策の「貧困」も見なければならない。

 また、たくさんの超高齢者が行方不明というニュースが拡大するにつれ、それらの問題が公務員の仕事ぶりの問題に矮小化されそうなことにも、危惧を抱いている私である。所在調査で行方不明がわかったとしても、住民登録抹消は簡単にはできない。人知れず「行旅死亡人」になっていたら、そして家族の誰もが捜索願を出さなければ、自治体による対応が難しいのは何となくわかる。
 独居老人が死亡したときでさえ、身元確認が確実にできないという理由で「行旅死亡人」となるケースも結構あるようだ。この件で、行政の対応に改善の余地はあろうが、非難するのは酷なのではないかと思う。

 こんな「消えた高齢者」は今後増加する一方だろう。現在の政策の結果、というより過去の政策の帰結が、この結果を生んでいるからだ。

 そして民主新政権は、それを改める様子すらない。
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履歴書の書き方の見本

いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
by 履歴書の書き方の見本 (2010-08-09 23:49) 

Mosel

恐れ入ります。こちらこそありがとうございました。
by Mosel (2010-08-10 07:11) 

ponnta1351

暫くです。読ませて頂きました。
困った世の中ですね。不安の種が尽きませんよ。
by ponnta1351 (2010-08-16 21:05) 

Mosel

こんにちは。お元気でしょうか。
社会状況から考えるに、これからこのような「事件」はどんどん「明るみ」に出るのではないかと思います。増えているのではなく「明るみ」にされるのでは、と思っています。現状でも類似の事例や予備軍的な事例があまりに多いものですから。
by Mosel (2010-08-17 23:39) 

soraaane

銃で思い出したのは、アラハンな祖父のことです。
戦時中真っ只中の地点に居るみたいなので、
上海に住んでるってことは言えません(>_<)

by soraaane (2010-08-18 09:49) 

Mosel

soraaaneさん。「天皇陛下から下賜された」杖を持っている方もいらっしゃいました。その杖で他の患者をたたこうとするんですよ。あぶないったら(^^;)
by Mosel (2010-08-19 07:02) 

ひろみ

はじめまして。
私の会社ではタクシーで徘徊老人を探索保護する
サービスをやっています。
でも、契約に至るのは
いなくなったことに誰かが気づいてくれる人だけです。
問題の根の深さに、いつも無力感を味わっています。
by ひろみ (2011-01-24 10:59) 

Mosel

ひろみさん。はじめまして。
「徘徊老人を探索保護」サービス、大変困難なことと思い、それをされているあなたを想像するだに脱帽です。
徘徊を繰り返す老人に、家族が疲弊しきっているのを何度か見ました。まわりが気付いて、介護サービスなどでフォローできるうちはまだましかも知れません。老老介護や独居ではどうにもなりませんね。これからそのような方が増えるのが確実というのに、それに対する政策が何もないどころか、「財源論」とやらで、医療や介護・教育といった福祉政策がますます放置されていく現状が寂しいです。
by Mosel (2011-01-24 23:41) 

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