「療養病床 削減計画を実行せよ」なんてまだ言う人がいるのか・・毎日新聞11月23日社説 [社会情勢]
社説は読まれないものとは言うが・・。
毎日新聞11月23日付けである社説が掲載された。「療養病床 削減計画を実行せよ」。今時こんな内容を社説に書き散らすとは、いささか驚愕する。
すぐにリンク切れするだろうから概要を記す。内容非常に単純。
・・・
民主党は療養病床削減計画を凍結すると言っているが、削減を進めるべきだ。05年の調査によると、療養病床の入院患者の半数以上は医療を必要としていない「社会的入院」であって、これが医療費を圧迫している。今入院している療養病床の患者は「寝かせきり」で、むしろ無用の要介護老人を作り出している。そんな人を退院させ在宅などに戻すのは患者のためになる。療養病床は削減するだけでなく、きちんと転換政策がでている。それを療養病院が選択しないのは、病院のもうけが減るからだ・・と、こんな論調。
・・・
一見して勉強不足、というか当時の政府の資料しか参照しない愚論としか言いようがない。もうとっくにこの辺の問題は「週刊東洋経済」などで何度も特集され、よっぽどな人でもなければ、療養病床削減は誤りであることが既定の事実であると思っていたが・・。
この論説委員(と思われる人物)が「勉強不足」と一目でわかるのが、「中央社会保険医療協議会の調査(05年)ではほとんど医療が必要ない人は約50%、週1回程度の医療の提供で済む人と合わせると8割以上になる」と記載していることから明らかだ。
確かにこのような報告はあった。それをもとに政府筋は、入院する必要のない人が大量に入院「させられて」いる、根拠はこうですよ、だから療養病床を半分減らしますよ、という感じで論を進めた。
これは当時療養病院関係者の中で大問題となった。なんだこの結果は?何かがおかしい・・。
平たく言うと調査結果がねつ造されたのだが、詳しい内容はこうだ。
社説で取り上げられているような項目、つまり当時の調査項目に「ほとんど医療が必要ない人」という回答は存在しない。同じく「週1回程度の医療の提供で済む人」なるものも存在しない。
正しい調査項目名は「入院患者に対する医師(および看護師)による指示の見直しの頻度」というもの。言葉通り、医師および看護師による「見直し」の「頻度」がどの程度かを問うたものである。
療養病院は言うまでもなく、頻回に医療指示を変更するような、不安定な状態の患者は受け入れられないから、いきおい指示の変更が週一度もない、つまり医療行為について今までの内容を継続する、という回答が多くなる。
おわかりだろうか。「提供している医療」の有無ではなく、現在提供している医療の「指示変更」の有無を問うているのだ。厚労省は意図的にこれを「医療の提供」とすり替えて発表したのだ。
もう少しわかりやすい例を考えてみよう。
私は気管支喘息で、一応定期的に診療所に受診している。状態は安定しているので診療内容はこうだ。
「なにかお変わりはありませんか」
「特にないです」
「発作はありましたか」
「ないです」
「じゃあこれまで通りの薬で。発作を鎮める薬はいりますか」
「まだありますので大丈夫です」
「じゃあいつもの薬を続けてくださいね。お大事に」
私はいつもの薬を処方してもらい、また2ヶ月くらいして受診する。慢性疾患で状態の安定している患者はこのようなものだ。中医協の言い分に従うと、私は医療を受けていないことになってしまう。つまり「ムダな受診で医療費を浪費している」とも考えられる。
そんなバカな話はありませんよね。定期処方を切れば、たちまち私は喘息の発作が発現する(ちなみに5日前から薬が切れ、今、微妙に危ない状態です)。
こういうメチャクチャな世論誘導が行われた結果、強引に06年の診療報酬改定が行われ、療養病棟に「医療区分」(注)が導入された。患者状態によって37の区分が設定され、それに当てはまらない患者は「入院の必要なし」として病院収益が半減、かつ患者負担は上昇という内容の制度である。
「入院の必要なし」? では入院すればするほど赤字になってしまう「医療区分1」が、在宅や老健などで対応できるかというと、困難なケースも多々あり、今現実に私たちも困難ケースを抱えている状態だ。そんな医療機関はあちこちにある。
なぜこんなことになるのか。医療区分制度が現場の実態を十分反映していないからだ。そのため慢性期医療協会などが、医療区分内容の見直しを訴え続けている。なぜ実態を反映しないのか。それはこの療養病床削減計画の直前に、自民党が欺瞞的な選挙で圧倒的多数の衆院議席を確保したことと無関係ではない。この選挙で「小泉派=新自由主義派」の圧勝により、福祉分野への年間2200億円の削減が決定。この規定事項に乗っかって療養病棟への攻撃が加えられたと言うことである。
この結果、各病院の経営指標が悪化。特に療養型病院、療養病床を併せ持つケアミックス型病院の経営指標は著しく悪化した。もとより療養型病院は差額ベッドや自費物品などで患者負担を上げなければ運営できない制度になっている。このしわ寄せが患者に向かったり、病院に向かったりという現状である。具体的なデータは以下の通り。
・・・・・
病院種別赤字病院比率(医療法人:有効回答数1500法人)
2004年 2005年 2006年 06年の対07年増加率
一般病院 23.2% 20.3% 26.7% 31.5%↑
ケアミックス 19.0% 20.3% 30.7% 51.2%↑
療養型 12.7% 12.1% 20.5% 69.4%↑
*平成19年度 厚生労働省 病院経営管理指標及び中小病院の経営の方向性に関する調査報告書から作成。
・・・・・
これを見ても、療養病床を持つ療養型病院とケアミックス病院の経営指標が急激に悪化していることがわかる。病院が赤字になったとして、いったいどこが補てんしてくれるというのだ。医療人に霞をくって生きろとでも言わんばかりである。
議論の前提が間違っているこの社説に、それ以上の何かを批判してもあまり意味がないが、もう一点だけふれる。
この主張の浅ましさを示す言葉が「なぜ介護施設への転換が進まないのかといえば、経営側にとって収益が減るからだ」という一文。「患者のことより金儲けか」と言わんばかりの決めつけだが、一言だけ。
新型老健への転換について手を挙げないところばかりなのはなぜか。それはこの間の療養病床、慢性期医療に関する政策の混乱にある。10年近く前に開院したある病院は、2つある病棟のうち、行政側から大要「どちらか一方を介護療養型病床とせよ。そうしなければ開設許可を出さない」と言われたそうである。小さな病院なのに介護と医療の病棟が併存し、法的な書類、手続きも2倍。そして開設から数年、ご存じの通り「介護療養病床は2011年に廃止」と突然の宣告。
おわかりか。新型老健への転換は、施設改修などの設備投資が必ず必要。そして各種の事務手続きや運用の調整など、莫大な費用が予想される。多くの療養病院でそのような余剰人員を抱えているところはどこにもない。そんな手間をかけて転換を果たしても、その政策がいつ崩れるかわからない。そんなばかげたリスクを回避したいと考えるのは当然ではないか。
つまり新型老健への転換は、何のメリットのないまま、収入が減るのと同時に、政策上のリスクを背負う。
そんなことは現場に聞けばすぐに、しかも喜んで応えてくれる。そんな労すらこの社説を書いた論説委員はしていないと言うことなのだ。
さて。
そんなに療養病床の削減をしたいか。安心したまえ。療養病床数は05年にピークを迎え38万3911床となった。今年2009年8月末の概数では35万3597床。実に3万床、1割近い減少である。騒ぐまでもなく、確実に療養病床は減少している。
*いずれも厚労省「医療施設動態調査」から。
この状況で何が起こっているか、そしていずれは、いやまもなくこうした事業所の世話になる論説委員の君。本当のことは勉強しなくてもいずれ分かる。そして分かったときにはすでに手遅れだ。
こんな社説を許してはならない。
(注)医療区分:厚労省が定める37種類の状態に患者を当てはめたもの。当てはまる場合は「医療区分3」「医療区分2」となり、病院の収益が増える。当てはまらない患者は「医療区分1」となり、入院させるだけで赤字になってしまうような診療報酬しか得られない。「医療区分1は社会的入院」として在宅や介護施設などへの転院を促すというのが厚労省の姿勢。
実際には医療区分1でも在宅復帰、施設への受入困難というケースが多発している。
毎日新聞11月23日付けである社説が掲載された。「療養病床 削減計画を実行せよ」。今時こんな内容を社説に書き散らすとは、いささか驚愕する。
すぐにリンク切れするだろうから概要を記す。内容非常に単純。
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民主党は療養病床削減計画を凍結すると言っているが、削減を進めるべきだ。05年の調査によると、療養病床の入院患者の半数以上は医療を必要としていない「社会的入院」であって、これが医療費を圧迫している。今入院している療養病床の患者は「寝かせきり」で、むしろ無用の要介護老人を作り出している。そんな人を退院させ在宅などに戻すのは患者のためになる。療養病床は削減するだけでなく、きちんと転換政策がでている。それを療養病院が選択しないのは、病院のもうけが減るからだ・・と、こんな論調。
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一見して勉強不足、というか当時の政府の資料しか参照しない愚論としか言いようがない。もうとっくにこの辺の問題は「週刊東洋経済」などで何度も特集され、よっぽどな人でもなければ、療養病床削減は誤りであることが既定の事実であると思っていたが・・。
この論説委員(と思われる人物)が「勉強不足」と一目でわかるのが、「中央社会保険医療協議会の調査(05年)ではほとんど医療が必要ない人は約50%、週1回程度の医療の提供で済む人と合わせると8割以上になる」と記載していることから明らかだ。
確かにこのような報告はあった。それをもとに政府筋は、入院する必要のない人が大量に入院「させられて」いる、根拠はこうですよ、だから療養病床を半分減らしますよ、という感じで論を進めた。
これは当時療養病院関係者の中で大問題となった。なんだこの結果は?何かがおかしい・・。
平たく言うと調査結果がねつ造されたのだが、詳しい内容はこうだ。
社説で取り上げられているような項目、つまり当時の調査項目に「ほとんど医療が必要ない人」という回答は存在しない。同じく「週1回程度の医療の提供で済む人」なるものも存在しない。
正しい調査項目名は「入院患者に対する医師(および看護師)による指示の見直しの頻度」というもの。言葉通り、医師および看護師による「見直し」の「頻度」がどの程度かを問うたものである。
療養病院は言うまでもなく、頻回に医療指示を変更するような、不安定な状態の患者は受け入れられないから、いきおい指示の変更が週一度もない、つまり医療行為について今までの内容を継続する、という回答が多くなる。
おわかりだろうか。「提供している医療」の有無ではなく、現在提供している医療の「指示変更」の有無を問うているのだ。厚労省は意図的にこれを「医療の提供」とすり替えて発表したのだ。
もう少しわかりやすい例を考えてみよう。
私は気管支喘息で、一応定期的に診療所に受診している。状態は安定しているので診療内容はこうだ。
「なにかお変わりはありませんか」
「特にないです」
「発作はありましたか」
「ないです」
「じゃあこれまで通りの薬で。発作を鎮める薬はいりますか」
「まだありますので大丈夫です」
「じゃあいつもの薬を続けてくださいね。お大事に」
私はいつもの薬を処方してもらい、また2ヶ月くらいして受診する。慢性疾患で状態の安定している患者はこのようなものだ。中医協の言い分に従うと、私は医療を受けていないことになってしまう。つまり「ムダな受診で医療費を浪費している」とも考えられる。
そんなバカな話はありませんよね。定期処方を切れば、たちまち私は喘息の発作が発現する(ちなみに5日前から薬が切れ、今、微妙に危ない状態です)。
こういうメチャクチャな世論誘導が行われた結果、強引に06年の診療報酬改定が行われ、療養病棟に「医療区分」(注)が導入された。患者状態によって37の区分が設定され、それに当てはまらない患者は「入院の必要なし」として病院収益が半減、かつ患者負担は上昇という内容の制度である。
「入院の必要なし」? では入院すればするほど赤字になってしまう「医療区分1」が、在宅や老健などで対応できるかというと、困難なケースも多々あり、今現実に私たちも困難ケースを抱えている状態だ。そんな医療機関はあちこちにある。
なぜこんなことになるのか。医療区分制度が現場の実態を十分反映していないからだ。そのため慢性期医療協会などが、医療区分内容の見直しを訴え続けている。なぜ実態を反映しないのか。それはこの療養病床削減計画の直前に、自民党が欺瞞的な選挙で圧倒的多数の衆院議席を確保したことと無関係ではない。この選挙で「小泉派=新自由主義派」の圧勝により、福祉分野への年間2200億円の削減が決定。この規定事項に乗っかって療養病棟への攻撃が加えられたと言うことである。
この結果、各病院の経営指標が悪化。特に療養型病院、療養病床を併せ持つケアミックス型病院の経営指標は著しく悪化した。もとより療養型病院は差額ベッドや自費物品などで患者負担を上げなければ運営できない制度になっている。このしわ寄せが患者に向かったり、病院に向かったりという現状である。具体的なデータは以下の通り。
・・・・・
病院種別赤字病院比率(医療法人:有効回答数1500法人)
2004年 2005年 2006年 06年の対07年増加率
一般病院 23.2% 20.3% 26.7% 31.5%↑
ケアミックス 19.0% 20.3% 30.7% 51.2%↑
療養型 12.7% 12.1% 20.5% 69.4%↑
*平成19年度 厚生労働省 病院経営管理指標及び中小病院の経営の方向性に関する調査報告書から作成。
・・・・・
これを見ても、療養病床を持つ療養型病院とケアミックス病院の経営指標が急激に悪化していることがわかる。病院が赤字になったとして、いったいどこが補てんしてくれるというのだ。医療人に霞をくって生きろとでも言わんばかりである。
議論の前提が間違っているこの社説に、それ以上の何かを批判してもあまり意味がないが、もう一点だけふれる。
この主張の浅ましさを示す言葉が「なぜ介護施設への転換が進まないのかといえば、経営側にとって収益が減るからだ」という一文。「患者のことより金儲けか」と言わんばかりの決めつけだが、一言だけ。
新型老健への転換について手を挙げないところばかりなのはなぜか。それはこの間の療養病床、慢性期医療に関する政策の混乱にある。10年近く前に開院したある病院は、2つある病棟のうち、行政側から大要「どちらか一方を介護療養型病床とせよ。そうしなければ開設許可を出さない」と言われたそうである。小さな病院なのに介護と医療の病棟が併存し、法的な書類、手続きも2倍。そして開設から数年、ご存じの通り「介護療養病床は2011年に廃止」と突然の宣告。
おわかりか。新型老健への転換は、施設改修などの設備投資が必ず必要。そして各種の事務手続きや運用の調整など、莫大な費用が予想される。多くの療養病院でそのような余剰人員を抱えているところはどこにもない。そんな手間をかけて転換を果たしても、その政策がいつ崩れるかわからない。そんなばかげたリスクを回避したいと考えるのは当然ではないか。
つまり新型老健への転換は、何のメリットのないまま、収入が減るのと同時に、政策上のリスクを背負う。
そんなことは現場に聞けばすぐに、しかも喜んで応えてくれる。そんな労すらこの社説を書いた論説委員はしていないと言うことなのだ。
さて。
そんなに療養病床の削減をしたいか。安心したまえ。療養病床数は05年にピークを迎え38万3911床となった。今年2009年8月末の概数では35万3597床。実に3万床、1割近い減少である。騒ぐまでもなく、確実に療養病床は減少している。
*いずれも厚労省「医療施設動態調査」から。
この状況で何が起こっているか、そしていずれは、いやまもなくこうした事業所の世話になる論説委員の君。本当のことは勉強しなくてもいずれ分かる。そして分かったときにはすでに手遅れだ。
こんな社説を許してはならない。
(注)医療区分:厚労省が定める37種類の状態に患者を当てはめたもの。当てはまる場合は「医療区分3」「医療区分2」となり、病院の収益が増える。当てはまらない患者は「医療区分1」となり、入院させるだけで赤字になってしまうような診療報酬しか得られない。「医療区分1は社会的入院」として在宅や介護施設などへの転院を促すというのが厚労省の姿勢。
実際には医療区分1でも在宅復帰、施設への受入困難というケースが多発している。
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