SSブログ

使えない電子カルテと、あるベンダのこと [医療情報技師というお仕事]

 電子カルテは紙のカルテやオーダリングのみのシステムとは違って、一般的には導入後、今までの業務からの変更を求められる。それをやらずに、同じ業務システムのままで電子カルテを運用しようとすると、紙で運用していた業務システムを電子カルテに置き換える作業が必要になるから、普通はその分手数が増える。
 コンピュータシステム導入が生産性の向上に寄与したとする研究が3年ばかり前に邦訳されて話題になったけれど(Brynjolfsson:Computers,Productivity and the Digital Organization:インタンジブルアセット)、そこではシステム導入により生産性を向上させた企業とは、そのシステムを活用できる企業風土(デジタル組織)を持っている、とか何とか書いていたと思う。要はシステム導入して生産性の向上を図るならば、組織の変革を進めなければならない、ということなのだ。

 だから業務を極力変更せずにシステムを改変したところはうまくいっていない、というか以前より生産性を低下させてしまう(このエントリ最後にコメント)し、逆にシステムに業務を合わせたところは-私たちの関連病院もそうだが-きちんとした職員間の合意ができていないと、それが実施できずに破綻してしまう。

 つまりは病院組織に、そのシステムを導入するべき思想や人材、そして評価システムがきちんと備わっているかが重要になると思うのだが、中小病院ではそうなっていないケースも多い-といっても中小病院で電カルを導入しているところはほとんどないのだが-みたいだ。

 「みたいだ」というのは最近、医療系コンサルタント会社と懇談する機会があったからだ。そこがコンサルトしている病院は、200床弱くらいのケアミックス病院で、安価なあるベンダの電子カルテを導入するという。導入候補として上がっているベンダの電カルは稼働させている病院が少なく、そのベンダから紹介された「モデル病院」は当然いい話しかしてくれない。たまたま私の知り合いが、このコンサルに我々の病院についての情報を話したようだ。それで私のところに連絡がきた。

 なんと言うことだろう。私たちの病院と同じシステムを導入しようという病院があるのだ。しかも私たちの病院の近所に、私たちと似たような体制で。

・・・・・

 私はこの懇談の前半で、現状をなるべく客観的に、システム導入に至った当時の状況、そして職員の期待(注)、現状での業務改善やメリットについて話すようつとめた。

(注)ウチはムチャクチャなことに事務常勤を置かない方針だったのだそうだ。専門知識を持ったシステム担当者もいないのに。電子カルテへの過剰な期待というか無謀な夢想がうかがえる象徴的な事象だが、この傾向が治らないままだったがために、本院の電子カルテ導入も失敗し、初年度数億円規模の損失を出したとも言える。

 しかしどんなきれい事を並べようとも、現実に職員の満足度が低いシステムであることには変わりない。懇談の後半では、それらの問題を節々に含め、大要以下のことを話してみた。

1.電子カルテの機能面での問題
・セキュリティが甘く、改変・改ざんが用意-見方を変えれば自由度が高いとも言えるけれど・・
・オーダーと医事会計システムの連動に機能不全あり-つまり「取りこぼし」が発生する。経上収益がシステム上の問題により低くなると言うこと
・カスタマイズ-特にアドオン-については大変高価かやたらと時間がかかるため、原則対応できないと言っていい状況
・法改正に伴う各種の書類様式への対応が遅い
・出力できる統計情報が少ない

2.ベンダの企業姿勢についての問題
・システムトラブル、問題解決までの手順があいまいで、解決に多大な時間がかかる
・SIerとしての認識に欠けている(私は電カルベンダはある意味ERPパッケージを提供する会社と同じように、システムコンサルタントとしての機能を持つべきだと思うのだが(注)、私の赴任時このベンダは「電カルソフトを売っているだけの会社」と明言したほど)
・ベンダが会議や作業の時間を守らない、会議記録を欠落・誤記する、そもそもベンダが担当するべき報告書の提出を怠るなど、社会的にみてどうかという姿勢がある
・導入の契機になったある機能にいたっては、大変使いにくいために導入後すぐに放棄してしまった。ベンダもそのシステムについてはアップデートすら止めてしまっている

(注)現に以前担当していた病院のベンダはそうした姿勢だったし、医療情報学会におけるベンダからの発言はそのような姿勢がかいま見えていたように思う

3.一方で当時の病院側の問題として
・設定された導入期間がメチャクチャにタイト(コンサルが驚いていた)
・職員の情報システムに関するリテラシーの欠如
・病院内に専門的な担当者が全くの不在(担当者は名目上おいていたがシステム的な知識はなかった。とはいえその担当者を責められまい)
・病院関連会社システム部門担当者の力量不足と無責任
・上記各項が招いた電子カルテの管理運営体制の未熟さ

 コンサルさんが本当に聞きたかったのは後半の話題だったようで、前半と後半では彼らの態度がずいぶん違ったような感じを受けた。グチと取られるのも嫌だったので、初めには話さなかったけれど、実はこの点をもっとも強調したかったのだ。

・・ただ、このシステム、とりあえずシステムダウンしたことがない。これは褒めても言いと思う。もっとも組織規模の割に、当時としてはかなりハイスペックなハードを導入しているし、システム負荷がかかるようなことをほとんどしていないから、とも言えるのだが。

・・・・・

 電子カルテを単に「安いから」という理由で、安易に導入するとどんなことになるのか、それを我々が身をもって証明している。前述のケアミックス病院は、システム担当者を配置しないばかりか、スタッフもコンピュータを扱える人がいないとのことだった。当時のウチと同じだ。
 コンサルは不安がっていた。ケアミックス病院の上層部に担当者の配置を強く勧めているが、聞き入れてくれないとのこと。そして私から聞くベンダの対応に、ますます不安感を強めてしまったようだ。

 けれどそれは私たちの病院で実際発生している事実だから仕方がない。ウソの情報を流してベンダを擁護する筋合いもない。

 まあ、そんな病院は我々のところと同じで、システムの費用対効果も試算できないところだと思うけれども、少なくとも私たちが歩んでしまった失敗を、そのままなぞってしまうのが目に見えている。残念きわまりないと思う。せめてベンダはウチの教訓を生かして、その新しい病院へは全力で支援することを期待したい。
 けれどそうするとウチの病院へはヤツらますますリソースを割り当てなくなるから、それも困ったものだと思う。今、現にそうなっているし。

 一方、私が病院のシステム担当(兼任)となってから2年。各種の医療統計や事務系業務のスリム化は図れたが、全体として十分なシステム運用はでき切れていない。それは私にも責任の一端はある。

 さて、上記ブリニョルフソンの論文では、中途半端にシステム投資した組織は、何もしていないところよりも、むしろ生産性が落ちるという統計も出していた。「そうそう。僕らのとこもそうだよ」って納得する方も多いのでは?ウチもそうですよ。
 久しぶりに読んでみると、あの頃よりも私の経験が増えたのか、思いっきり納得してしまう内容で思わず喫茶店ルノワールで苦笑(笑)

*(2011年9月追記)  未だに閲覧数が多い記事なので、現状補足します。  ベンダの対応はこの頃と比べかなり改善はあった。電子カルテの機能上の問題も、大幅に改善したバージョンに変更したこともあり、かなりの面で改善はされた。しかし基本的には、知識のあるシステム担当者を配置しないことには、電子カルテの運用・活用がおぼつかないことに変わりはない。これはどのベンダを採用するに当たっても同様と思うが、このベンダについては特にそれが言えると感じている。  また当方の組織上の問題もあって、私の立場が中途半端だったことも、このような厳しい評価になっている要因でもある。このすぐ後、中途半端な組織構造が当然のごとく自壊し、私自身の仕事はやりやすくなり、ベンダとの風通しもずいぶん良くなった。その点はこの記事のすぐ後にあげたエントリに記載した。  「中途半端にシステム投資した組織は、何もしていないところよりも、むしろ生産性が落ちる」との評価は、年月を経てますます真理であると実感している。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:仕事

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。